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一九二九(昭和4)年に東京の公立小学校に勤務して以来、戦前・戦中・戦後にわたって学校劇・演劇教育運動とともに歩んだ落合聰三郎の論文集。
一九三七年の日本学校劇連盟の設立に参加し、また戦後は四九年の連盟再創立にあたって尽力した。 |
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一章「理論と歴史」、三章「私の演劇教育六十年」は、戦前・戦中を含む「昭和」を通じた演劇教育運動の証言集として興味深い。
二章「国際交流」では、六〇年代半ばからいち早く演劇教育や児童演劇の国際交流に力を注いだ著者ならではの記録を収めている。
著作集全三部作の完結編。 |
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【目次】より |
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| はじめに――社団法人日本児童演劇協会 会長 内木文英 |
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| 刊行にあたって――蓑田正治 |
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| I 理論と歴史 |
| 学校演劇小史 |
| 学芸会の新潮を語る座談会 |
| 時局下学芸会の研究 学校劇上演の諸問題 |
| 少年団学芸会の実践報告 |
| 日本の少年演劇3(昭20〜昭30) |
| 学校劇界の動き |
| 坪内逍遥とその作品 |
| 子どもと演劇 |
| 東京の連合学芸会のルーツ |
| 全員出演劇の問題 |
| 提言 今こそ 劇あそびを |
| 劇あそび−楽な気持ちで |
| 劇あそび指導の要点(アイウエオ) |
| 劇あそび(1)おとをくふうする |
| 劇あそび(2)からだの各部分の形や動きを意識させたり、…… |
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| II 国際交流 |
| 第一回国際児童演劇会議に出席して |
| 世界の児童演劇1−アシテジの推移に沿って− |
| 世界の児童演劇展望 |
| 児童劇ヨーロッパめぐり(1) |
| 児童劇ヨーロッパめぐり(2) |
| ヨーロッパの学校劇−落合聰三郎氏にきく |
| アメリカ・カナダの児童劇−落合聰三郎氏にきく |
| 参加劇に関するノート |
| イギリスの演劇教育 |
| 第一回韓国子供芸術大祭典をみて |
| モスクワの九日間−第8回アシテジ会議とソビエト児童演劇祭に出席して− |
| 貧しさの中で子どもらに未来を託す演劇人−ペルー日記より− |
| あの白熱した論議はどこへいったか−第10回アシテジ世界大会ストックホルム大会を終えて− |
| 創造性を伸ばす アメリカの演劇教育−成果をあげるクリエイティブ・ドラマ− |
| 欧米の児童劇―第4回国際性少年演劇会議から― |
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| III 私の演劇教育六十年 |
| 六十年ばかり前のこと |
| 1 生いたち |
| 2 学校演劇の世界へ |
| 3 戯曲の創作を始める |
| 4 戦時体制から敗戦へ |
| 5 敗戦、精力的に活動 |
| 6 各種の仕事と教頭職で超多忙 |
| 7 海外との文化交流始まる1 |
| 8 劇の「能力表」を発表 |
| 9 腰をすえて授業に取り組む |
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| IV 資料 |
| 『少年演劇』創刊号―綱領と目次 |
| 随想―第30号発行にあたって |
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| 連載落合聰三郎先生の足跡を訪ねて |
| 1 落合先生と『少年演劇』――岡田陽先生に聞く |
| 2 学校劇研究会〈GK〉のことなど |
| 4 落合聰三郎と歩んだ戦後史覚書1―落合初枝 |
| 5 落合聰三郎と歩んだ戦後史覚書2―落合初枝 |
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| 追悼文 永井鱗太郎さん |
| 追悼文 金沢嘉市君と学校劇 |
| 追悼文 時岡さんが亡くなった |
| 追悼文 粉川光一君を悼む |
| 追悼文 栗原くんを悼む |
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| あとがき――石坂慎二 |
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| 年表 落合聰三郎 時代とともに歩んだ道 |
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A5判上製・箱入・550余頁 |