マンガ ぼくの満洲 上・下

ISBN

4-89380-260-7/261-5
978-4-89380-260-6/261-3

森田拳次

定価

各1,400円
初版
2001年8月15日
著者の満州時代の体験を描いた作品。
「しんぶん赤旗日曜版」連載に加筆。

  ぼくの満州・体験記 より
俺は中国の北京に近い古北口で1935年に生まれ、父親は抗日ゲリラと向かいあっている古北口国境警備隊の特務警察官だった。
軍人や日本人は敗戦でガックリきちゃったけど、子どもって生命力があるんだね。
日本人の子どもはみんなそうやって(ソ連兵に石鹸売ったりして)生き抜いたよ。
今、日本じゃ不況不況というけれど、子どものエネルギーを見習ったらいいんじゃないの?
でも戦争は2度と嫌だけどね……。
だから俺は癌にも負けない……それでいいのだ!
赤塚不二夫ー漫画家

寅さんの第1作を作ったのは30年前で、その前後のことはわりに覚えているが、20作、30作を作っていた頃のことは悲しいかな、ぱっかりと記憶から抜けている。
しかし遠い昔、満洲で過ごした少年時代の記憶はいささかも衰えない。
それどころか、思い出すたびに新たなディテールがつけ加えられて、ますます鮮明になるような気がしてならない。
山田洋次ー映画監督

「内地だ!」
「内地が見えるぞ」
船底で腹を減らしぐったり横になっていたボクたちは、船の甲板に飛び出して、生まれて初めて故郷の日本を見た。
港のまわりの山々は樹々がうっそうと茂っており、こんなに緑が多い景色を見るのは初めてだった。
ちばてつやー漫画家

爆弾テロというのは、当時は日常茶飯事でした。
おふくろの映画好きは半端じゃなく、爆弾テロがあった後でも平気で、映画館通いをやめようとはしません。
僕もやめないでついて行く。
観て帰った直後にドカーンときたこともありましたが、それでもこりずに通っていました。
高井研一郎ー漫画家

ぼくの満洲・上巻【もくじ】より

 まえがき

第1章 老君と明欄
読者体験記 ・白木徹男
・塚本 輝
・林 慶子
第2章 ぼくら在満小国民
読者体験記 ・三原桃栄
・毛利理一
・曽根満洲男
・讃岐谷省一
第3章 男の約束
読者体験記 鈴木 武
第4章 家族旅行
読者体験記 ・小林典子
・高尾 翠
第5章 父の出征
読者体験記 ・仲田満良
・木村成
第6章 奉天城内
読者体験記 ・西村佳也
・田端野素子
第7章 スケート競走
読者体験記 ・服部直明
体験記 ・北見けんいち
・赤塚不二夫
・山田洋次

ぼくの満洲・下巻【もくじ】より

第8章 入学
体験記 ・石子順綽
第9章 敵機襲来綽
体験記 ・ちばてつや
読者体験記 ・佐々木千枝子
第10章 ソ連軍侵入
読者体験記 ・横林哲也
体験記 ・おのざわさんいち
第11章 逃避行
読者体験記 ・山岸重治
第12章 奉天解放
読者体験記 ・山田芳枝
第13章引揚げ列車
読者体験記 ・伊地知綽夫
体験記 ・高井研一郎

 中国残留邦人問題・年表

 あとがき

 森田拳次(もりた けんじ)

昭和14年(1939年)東京本郷生まれ。生後3か月で奉天(現、中国藩陽市)に渡る。7歳の時舞鶴港帰国。奉天で小学1年生を迎えるが通学記憶は数日間。東京目白の落合第3小学校に転枚。小学4年生の頃より漫画を描く。5年生で賞金1,000円をもらう。高校2年で単行本「拳銃都市」を描き、以後「丸出だめ夫」「ロボタン」「全ガキ連」「ミスタージャイアンツ」(V9時代の読売巨人軍のペットマークの漫画)を描く。
赤塚不二夫氏とTV「まんが海戦クイズ」に2年半出演。
31歳で少年漫画を辞め、1コマ漫画修業でニューヨークへ。日本人として初めて「LOOK」「ナショナルランプーン」等に採用される。順調にいくも、査証の関係で開いた書店が7日間で倒産。帰国後1コマ浸画の道へ。
FECO(ヨーロッパ漫画家連盟)日本支部結成。フランス、イギリス、旧ソ連、キプロス、イタリア、韓国で漫画展。
FECOの海外活動で日本漫画家協会大賞を、個人で優秀賞を受賞。読売国際漫画大賞(金賞を1回、優秀賞連続9回)、ベルギー、ブルガリア、イタリア、韓国、トルコでも賞を受賞。
FECOジャパンを解散後、1コマ漫画を追求する「ジャパンチ」を8人の漫画家で結成。
同じ満洲奉天で少年時代を過ごした、ちばてつや氏と「まんしゆう母子地蔵」建立のため奔走。1997年4月12日東京浅草浅草寺に建立。
1999年8月20日「中国養父母に感謝する碑」落成。
  
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