岡安伸治戯曲集 4
岡安伸治戯曲集 4
  ─華のまるやま七人みさき

ISBN

978-4-89380-440-0

岡安伸治

定価

2,400円
初版
2014年2月1日
岡安伸治の劇世界7作品。

収録作品

華のまるやま七人みさき 泥に咲くのが蓮の花
──出会い
 人の幸、不幸は薄紙一枚裏表。人には「喜怒哀楽」の感情があり、中でも持続が長いのが怨念だと言われている。色々な思いがあるに違いない。人は様々なものに出会い、まさかと思うようなことに巻き込まれることがある。フクシマの汚染で避難している人はまだ戻れない。作品にも出会いというものがある。調べもので「七人みさき」という言葉に出会った。七人みさきのみさきとは神様の先払いの事。この世に未練、恨みを残した人が成仏できずに七人でさまよっているのだそうです。一人が成仏すると一人が加わりいつも七人のまま。その七人みさきに出会うと災いがあると言われている。災いを避けるには見かけたら親指を隠すとか。その姿は僧侶とも女遍路とも言われ、地方によって諸説有るようだ。この言葉に出会ってまず考えたのは、どうすれば七人みさきの一員から成仏して抜けられるのか。他の六人をアッと言わせるほどのもの、現世への単なる恨みつらみを並べるだけではだめ。現世で関わりあった人々に、一泡吹かせる愉快なものを考え出さないといけない。そんな思いつきが今回の作品を生み出しました。出会いによっては運命が変わってしまうというのが人生なのかもしれない。(初演パンフレット)

ちっちゃなリュウの物語(一人芝居)
子供たちに見せる芝居
 昔、タツノオトシゴのようなちっちゃな臆病なリュウがいた。自分のことを知りたくて尋ねるのだが、気が弱いので頭の後ろに回り込み小さな声で「僕はどこからきてどこへいこうとしてるのですか?」とささやくように言うのだ。あるとき羅生門へ行くとそこに住む悪い赤鬼と青鬼がいた。そこでさっそく青鬼の頭の後ろに回り込んで、その言葉をささやいた。青鬼は自分の頭の中が変になったと思い、増々青くなり赤鬼にしゃべる。次に赤鬼の後ろでささやくと赤鬼はパニックを起こして増々赤くなり、羅生門から逃げ出した。そんな私の考えた小さなお話しからこの物語が生まれた。

クモとアミのものがたり
子供たちに見せる芝居
 小川に突き出た木の枝にクモの巣。そこから一本の糸にぶら下がり、そのながれの中をじっと見ているクモ。昔、クモは水の中に住んでいて、クモはやまめというきれいな魚に恋をした。それは魚の掟に背くとばかり水の中から追い出されてしまった。それからというもの水の流れの中を、恋したやまめに会いたい一心でのぞきこんでいる。こんな小さな私が作ったお話しが元になって作られた。あの小さな体でジェット気流に乗ってエベレストを超えるというクモの活動能力はうらやましい。書き手としてこうありたいと思う。

おぐり・OGURI 打ち捨てられし人々の御物語 説経節「小栗判官」より
 奈良・平安時代から中世の鎌倉時代へと語られてきた説経節。荒木繁他・編注『説経節』によると「説経はもともと経典を講じ教義を説くこと、これ自体は文学でも芸能でもない」「本地物語とは、神仏の生前話であって、神や仏がかつて人間として生まれ種々の苦難を経たのちに神仏として転生するという物語である」「山椒太夫は身代わり地蔵の話」とある。
 説経節には「さんしょう太夫」「しんとく丸」等があり、中でも最もドラマチックな「小栗判官」は今日まで歌舞伎他、数多く上演されてきた。「小栗判官」に興味を持ったのは1976年。旧四谷公会堂で上演された私の作・演出『賽の河原の船遊び』という舞台で取り上げたのがきっかけ。照手姫欲しさに無断で婿入りし罪で毒された小栗が地獄から再生し醜い姿の餓鬼阿弥陀仏となり、一引き引いては千僧供養、二引き引いて万僧供養と土車で身を落とし狂女姿の照手の姫も加わって多くの人に引かれて運ばれる。苦難の果てに照手と共に幸せをつかみ取る。美談の物語を現代の上演に結びつけるヒントになったのは熊野川下流、新宮の除福伝説に出会ったこと。これはその昔、秦の始皇帝が不老不死の薬を欲しがった。徐福は純真な童でないと不老不死の薬は探せないと童500人を含む総勢3000人の船団を組んで中国の渤海を旅立ち、その内の数隻が紀伊半島に着いたという話。一人の権力者のために大勢の幼い子供の命が失われたに違いない。遠く離れた東の地でどんなに故郷のことを思ったであろう。もしも再生できた暁には彼の地へ戻り、二度とこのようなことを起こさせてはならないと心に深く刻んだことだろう。震災、津波、フクシマ。アラブの春。そしてオウム事件から17年。この日本の現実の中で、今も思いを胸にさまよい語り続けているに違いない。
(初演パンフレット)

BANRYU〈蟠龍〉いまだ天に昇らざる龍
──迷った末の神頼み
 作品のヒントはいろいろなところに隠れている。華やかな芝居の世界はしばしば小説や、映画などでも取り上げられる。『BANRYU』この作品は岩波文庫の篠田鉱造・著『幕末百話』の中にある話。義足で舞台に上がり、たいそう評判になった歌舞伎役者・田之助の話がヒントの一つになっている。ヒントのもう一つは、こんな話がある。昔は龍もりっぱなものばかりでなく、天に昇れない小さな龍が多くいた。それを人は蟠龍と呼んだ。そんな昔、大干ばつで食物が枯れ、飢饉の民衆を助けるためと帝が空海と守敏という2人の僧侶に雨乞いを命じた。場所は京都の神泉苑の池の淵、順は空海より。雨乞い合戦に負けたくないと守敏は迷った末、龍をかき集めて閉じ込め雨を降らせないようにした。すると空海はインドから龍を呼び寄せて雨を降らせ、守敏は失脚してしまったという。
 金融危機の株取引ではないが、人はいろいろな場面で行くか戻るか迷う。
 2007年7月16日の中越沖地震で原子力発電所の火災が発生。航空機より撮られたテレビ報道画面に映し出される刈羽原子力発電所。黒煙が上がる発電所敷地内には誰もいない。水の出ていない数本の放水用ポンプのホースが周りに見えるだけ。その後の報道
(朝日新聞 2008年1月14日)によると電力会社は2003年に「再評価の結果、長さ約20キロの活断層の可能性がある」という内容を把握していて、中越沖地震後も住民やメディアに公表しなかったという。更に刈羽原発を廃炉にした場合、原発の労働者約6000人が流出、原発関連から地元企業への発注減などで年約1100億円の経済波及効果が失われ、柏崎市で年約90億円、刈羽村で年約30億円の税の減収とのこと。
 日常生活に欠かせない電気。この世界の関心は今、マネーの行方、資源と原油と地球温暖化。なかでも原油の高騰は日本から20兆円を超えるマネーが流出したとか。対策の一つとして、二酸化炭素の排出量の少ない原子力発電が世界中で見直され、原子力ルネッサンスの時期といわれ新規計画中のもの、アメリカ
(33基)、中国(22基)、ロシア(10基)、日本(11基)他と報道(朝日新聞 2008年1月15日)された。
 雷を伴って天を泳ぐ龍はエネルギーをイメージさせる。活断層から飛び出る龍に飲み込まれてしまうかもしれない日本。迷った末に龍が暴れないようにと、最後は神頼み。しかし神はいつも勝者に味方する。
(初演パンフレット)

鮭の子 さすけ(一人芝居)
子供たちに見せる芝居
 北海道の鮭の養殖場を見学したとき養殖員の何気ない言葉がヒントになった。鮭の稚魚は大きくなると、放水路を使って川に放流される。するとなぜかその放水路をさかのぼって元の養殖場に戻ってしまう鮭の子がいるという。子供も大人も何か新しいことに向かう時は不安と期待が入り混じる。ほんのわずかな勇気、動くことでチャンスは生まれるものだ。時間は進むことは有っても戻ることは決してない。

とおりゃんせ フタ・ゼロ・ヒト・ヒト(2011)
──行きはよいよい帰りはこわい
 避難命令が出てとりあえず「サイフとエプロン」で家を後にしてそのまま、戻れなくなった人がいた。報道によると、現在も毎時17トンの水を炉内に流し冷やしている。更に1日400トンもの地下水も原子炉周辺に流れ込む。廃炉へ向けての作業員3000人の内、福島県民が70%。政府の試算で、福島第一原発がある大熊町は10年後も市民の8割が「帰還不可」との復興計画がまとめられた。
 今から30数年前、高木仁三郎さんが存命中の頃、原稿を持って伺ったことがある。目を通していただき一言アドバイスをいただいた。このような問題を扱う時、気をつけなければならないのは、日本は唯一の被爆国です。被災された方々の子供やお孫さんなど不安を抱えながらも勇気をもって元気に暮らしている人たちの存在です。
 芝居はフィクションの世界、だからお話しを楽しむことができる。アメリカ映画『チャイナシンドローム』が公開された12日後の1979年3月28日、スリーマイル島の事故は起きた。
 題名のとおりゃんせは童謡の「行きはよいよい帰りはこわい こわいながらもとおりゃんせ とおりゃんせ」から思いつき、書き直して副題とした「フタ・ゼロ・ヒト・ヒト」(2011)は炉の蓋がなくなり巻き込まれた人々への思いがあってのこと。ある地層にまとまって発見された4億年以上前にこの地球上に生きて繁栄していた三葉虫の化石。その原因は大きな恒星、星の大爆発による紫外線がこの地上に降り注ぎそれで浅い海に生息していたものは死滅し、海深く生息していたものだけが生き残ったという。宇宙、大自然は人間など必要としていないのではないのか。
(初演パンフレット)


 岡安伸治(おかやす・しんじ)

劇作・演出家。1948年、東京生まれ。東京理科大学理学部卒。
1973年、世仁下乃一座(よにげのいちざ)結成。主宰、劇作、演出で創作上演活動を23年間全国展開。
1996年、世仁下乃一座解散。同年、世仁下乃一座・フェアアート、設立。児童を対象とした一人芝居・作・演出『おっきな人間 ちっちゃな人間』『鮭の子 さすけ』『ちっちゃなリュウの物語』等で全国上演活動。
『太平洋ベルトライン』作・演出で1985年、紀伊國屋演劇賞受賞。
1991〜2008年、桐朋学園 芸術短期大学・芸術科演劇専攻・教授。

■著書
『岡安伸治戯曲集・太平洋ベルトライン』(いかだ社)
岡安伸治戯曲集 1』(晩成書房)
岡安伸治戯曲集 2』(晩成書房)
岡安伸治戯曲集 3』(晩成書房)
おっきな人間 ちっちゃな人間』絵本(晩成書房)
『現代日本戯曲体系 13』「太平洋ベルトライン」(三一書房)

  
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